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大阪地方裁判所 平成6年(レ)226号 判決

控訴人

岡田博

被控訴人

株式会社弁天堂

右代表者代表取締役

上田正

右訴訟代理人弁護士

斉藤真行

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、九〇万円及びこれに対する平成五年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人に対し、雇用契約の終了に伴い退職金九〇万円の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被控訴人は、食料品の製造及び販売、レストランの経営、うどんの製造販売等を目的とする株式会社である。

2  控訴人は、昭和六一年七月一三日から被控訴人に就業規則所定のパートタイマー(以下「定時社員」という)である炊飯課作業員として雇用された。

3  控訴人は、遅番勤務の際には、一日一〇時間程度働くこともあった。

4  平成三年三月ころ、被控訴人の職場の掲示板に「平成三年度の昇給(社員)に伴いパート従業員の待遇の改善が決まりました。〈1〉退職金制度について(五月から)入社三年以上、一日の労働時間数八時間以上」等の記載のある書面(以下「本件掲示物」という)が提示された。

5  控訴人は、平成五年一〇月二日、被控訴人を退職した。

二  争点

本件雇用契約の終了に伴い、控訴人の被控訴人に対する退職金九〇万円の支払請求権が発生したか否か。

(控訴人の主張)

1(一) 控訴人は、定時社員として雇用された者であるが、労働時間、労働内容等の労働実態は、被控訴人の正社員と全く変わらなかったのであるから、正社員と同等の処遇がされなければならず、正社員に適用される就業規則、退職金規定等は、控訴人にもそのまま適用されるべきである。

(二) 被控訴人は、定時社員に対し、平成三年三月ころ、同年五月から、入社三年以上、一日の労働時間数八時間以上の者には退職金を支給することを約束した。

2 被控訴人の退職金規定に基づいて控訴人に支給されるべき退職金の額は、九〇万円を下回らない。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、退職金九〇万円及びこれに対する退職日の翌日である平成五年一〇月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被控訴人の主張)

1 被控訴人の就業規則においては、正社員と定時社員の取扱いは厳密に区別されており、社員就業規則には、定時社員に同規則は適用されない旨規定し(同規則二条二項)、パートタイマー就業規則を別に定めている。そして、同規則は、定時社員には退職金を支給しない旨明示している(同規則二六条)。

2 平成三年三月ころ、定時社員から被控訴人代表者に待遇改善の申入れがあり、退職金を少しでも出す方向で考える旨を答えたことはあるが、具体的な合意には至っていない。本件掲示物は、被控訴人代表者の一般的な見解を事務員が独断で紙に書いて貼り出したものであり、通告としての意味はなく、労働契約の内容ともなっていない。

よって、定時社員である控訴人には、退職金請求権はない。

第三証拠(略)

第四争点に対する判断

一  退職金請求権は、退職に伴い当然に発生する権利ではなく、就業規則や労働契約などにおいて、使用者が、その支給の条件を明確にして支払を約した場合に初めて法的な権利として発生するものと解すべきところ、(書証略)によれば、被控訴人には、社員就業規則、パートタイマー就業規則、退職金規程等があり、右社員就業規則二条二項は、「パートタイマーについてはこの規則は適用せず別に定める」と規定し、また、右パートタイマー就業規則二六条は、「定時社員には、退職手当を支給しない」と規定しているのであるから、被控訴人の就業規則には、定時社員の退職金請求権の発生根拠となる規定はないものと認められる。そして、控訴人が、定時社員であることは、当事者間に争いがなく、ほかに控訴人と被控訴人との間の退職金支払合意の存在を認めるに足りる証拠はない。

よって、控訴人が、平成五年一〇月二日、被控訴人を退職したことにより、控訴人の被控訴人に対する退職金請求権が発生したものとは認められない。

二  控訴人は、控訴人の労働時間、労働内容等の労働実態は、正社員と全く変わらなかったのであるから、正社員と同等の処遇がされるべきであり、正社員の退職金規定に基づき退職金が支給されるべきであると主張する。そして、控訴人が遅番勤務で一日一〇時間程度働いていたこともあることは当事者間に争いがなく、(書証略)によれば、控訴人の平成五年二月から同年八月までの勤務形態は、ほぼ週六日出勤(金曜日休日)し、一日一〇時間程度の実勤務時間(出勤時間午前五時前ころ、退社時間午後四時過ぎころ)であったものと認められる。

しかし、控訴人が定時社員であり、被控訴人の就業規則(書証略)上、正社員と定時社員は厳格に区別され、定時社員に適用されるパートタイマー就業規則には、定時社員に退職金を支給しない旨の明文の規定があることは、前判示のとおりである上、パートタイマー就業規則(書証略)三条は、「この規則で定時社員とは、一時間を単位として労働時間を特約して採用した者をいう」と規定し、同規則一二条は、「就業時間は、原則として一日八時間以内とするも、所属事業場の就業時間に応じて決定する」と規定し、定時社員であっても、所属部署によっては一〇時間程度の勤務もあり得ることを前提としていることからすれば、控訴人の勤務時間が前判示のものであったとしても、これを理由に、控訴人についてパートタイマー就業規則を適用すべきでないといえないことは明らかであり、したがって、控訴人の右主張は採用できない。

なお、労働省作成の「パートタイム労働指針のあらまし」(書証略)(平成元年六月二三日付け労働省告示第三九号「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべき事項に関する指針」のあらましを説明したもの)では、「パートタイム労働者の賃金、賞与及び退職金については、労使において、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して定めるように努めてください」「パートタイム労働指針は、当分の間、所定労働時間が通常の労働者とほとんど同じ労働者にも適用されますが、これらの者のうち、通常の労働者と同様の就業の実態にあるにもかかわらず、処遇又は労働条件等について通常の労働者と区別して取り扱われている者については、通常の労働者としてふさわしい処遇をするように努めてください」とされているが、右指針は、パートタイム労働者の処遇と労働条件等の改善のため、労使関係者が考慮すべき事項の指針を努力目標として示したものにすぎず、それ自体法的効力を認めることはできないから、右指針が控訴人の退職金請求権の発生根拠となるものとは認められない。

三  控訴人は、被告訴人は、定時社員に対し、平成三年三月ころ、同年五月から、入社三年以上、一日の労働時間数八時間以上の者には退職金を支給することを約束した旨主張する。そして、同年三月ころ、被控訴人代表者が定時社員の申入れに対して、退職金を少しでも出す方向で考える旨を答えたことがあることは、被控訴人も自認するところであり、また、被控訴人の職場の掲示板に控訴人主張と同旨の内容が記載された本件掲示物(書証略)が掲示されたことは当事者間に争いがない。

しかし、控訴人は、その本人尋問中で、控訴人自身が本件掲示物を作成したことを自認しており、本件掲示物が、被控訴人代表者の意思に基づいて作成・掲示されたものとは認めるに足りない上、本件掲示物には、具体的な退職金の支給基準について何ら記載がなく、その記載自体、退職金の支給基準を約したものとは認められず、本件掲示後も、被控訴人のパートタイマー就業規則は改定されておらず、ほかに定時社員に対する退職金支給規定等も定められていないことも考え併せば、右回答及び掲示をもって、被控訴人と控訴人を含む定時社員との間で退職金支払合意がされたものとは認められず、控訴人の右主張は採用できない。

四  結論

以上の次第で、控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 高木陽一)

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